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06 重圧と喜びの間で

川口 能活
YOSHIKATSU KAWAGUCHI

06 重圧と喜びの間で 川口 能活

日本サッカーの伝説的な試合として語り継がれる「マイアミの奇跡」と「ジョホールバルの歓喜」。どちらの試合にも日本のゴールマウスには守護神・川口能活の姿があった。昨年末に引退し、今年から指導者としての道を歩み始めた彼にとって、日本代表はどんな存在だったのだろうか。

新ユニフォームの印象はいかがですか?

川口:これまでとは別チームのような印象を持ちました。青が基調なのは変わりないので、そこは日本らしさが残っていると思います。

選手から指導者へと立場が変わり、現在はどのような心境ですか?

川口:まだあまり時間は経っていませんが、選手時代よりもサッカーのことを考える時間が増えました。試合に対する意識は変わりませんが、そこまでのアプローチ方法は現役時代と全然違いますね。あと、選手時代は感覚でわかっていたことも、コーチになると言葉で選手に伝えなくてはいけません。言語化の必要性は、指導者になって強く感じています。

来年は東京で世界の祭典が行われます。川口さんはアトランタ大会に出場し、ブラジル代表を破った「マイアミの奇跡」の立役者になりました。

川口:同じグループにブラジル、ナイジェリア、ハンガリーという強豪がいたので、予選突破は難しいだろうと自分たちも含め思っていました。組み合わせ後に取材を受けた際、「強い相手と試合をするのが楽しみです」と強気なコメントをしましたが、ブラジルの強さは当然わかっていたし、ナイジェリアも育成年代の世界大会で結果を残していたので、内心は不安な気持ちの方が強かったです。
日本との試合が行われる一週間前に、親善試合でブラジルが世界選抜に2-1と勝ちました。試合を観ながら、絶対勝てないし、5点以上取られてもおかしくないと思いましたね。でも、試合が近づくにつれてモチベーションは上がっていきました。アジア予選でも、当時アジアナンバー1だったサウジアラビアを破って本大会の出場を決め、強い相手になればなるほど自分たちの力を出せるチームだったので、不安と同時に期待感もありましたね。チームの信頼感や絆が強かったので、やってやるぞという気持ちでした。

試合当日のことは覚えていますか?

川口:最初にカナリア色のユニフォームを間近で見ることができて感激しました。それと同時に、当時のGKコーチがブラジル人で、ブラジルの選手と自然に話している姿を見て勇気付けられたのを覚えています。こんなすごい人に自分は指導を受けているんだ、と自信が湧いてきました。当時はプロデビューしてまだ2年目で、試合ではとにかくファーストタッチを心がけていたので、どんな形でもいいからボールに触りたいと思っていました。ブラジル戦では自然な流れでファーストタッチができたので、今日はいけると思ったのを覚えています。

川口さんの活躍もあり、当時世界ナンバーワンと言われたブラジルに勝ちました。

川口:まさか勝てると思っていなかったので、すごく大きな勝利でした。とはいえ初戦だったので、予選を戦う中での一試合としか考えていませんでした。ただ、試合後はハムストリングスがパンパンに張りましたね。そのような症状が出たのは、あの試合が最初で最後だったと思います。当時は中一日のスケジュールで試合が行われたので、勝った余韻に浸ることもなく次の試合がやってきて、何が何だかよくわからない状態でしたね。ハンガリーには勝ちましたが、ナイジェリアに敗れて結局予選リーグで敗退しました。ブラジルに勝って自分の中で期待感もあったので、突破できなかった悔しさは大きかったです。
日本でブラジル戦の勝利が大きく注目されていたことは、帰国して初めて知りました。当時はインターネットもない時代で、大会期間中に外部の情報が全く入ってこない環境でした。今では考えられませんよね。自分たちは予選リーグで敗退したことの方が大きかったですが、日本ではブラジルを破ったことに対する反響がすごかったです。まだ日本がW杯に出る前でしたし、世界の祭典に出ること自体が28年ぶりだったので、まさかここまでやるとは誰も想像していなかったのでしょう。自分自身もブラジルに勝ったことで自信がつき、世界を意識し始めました。テレビで観ていたW杯がより現実的になった瞬間でしたね。

そして、その2年後のフランスW杯で日本は初出場を果たします。

川口:W杯予選は壮絶で、出場権を得るまでの戦いが非常にタフでした。W杯は注目度も全然違いますし、プレッシャーはすごくありましたね。当時は22歳で、若さを強みに勢いを持ってチャレンジしました。アトランタもフランスW杯の時もチャレンジャーとして臨んだので、格上の相手に対しても果敢に挑むことができました。

W杯には計4大会でメンバーに選ばれました。

川口:それぞれの大会で自分の役割は違いましたが、どれも素晴らしい経験でした。W杯は自分にとって雲の上の存在で、テレビで観るものだと思っていたので、まさか自分がプレーするとは思っていませんでした。本当に幸せで、素晴らしい時間を過ごすことができたと思います。あの舞台に立てたことは、かけがえのない思い出です。

ソウルで見た青空

日本代表で印象的な思い出はありますか?

川口:フランスW杯・アジア最終予選の韓国戦ですね。アウェイのソウルで戦った試合です。当時の日本代表は、数字上では自力で2位以上になれない状況で、完全に追い込まれていました。韓国に乗り込んでからも曇った寒い日が続いていたのですが、試合当日になるといきなり晴れて、スタジアムへ向かう道中に雲ひとつない青空を見たのを覚えています。崖っぷちでしたが、その空を見上げた時に清々しい気持ちになりました。そして、その試合で勝利を収めて勢いを取り戻し、最終的にW杯の出場権を得ました。振り返ってみると、あの時に見た空が勝利につながったと思います。今の選手にも、そういった空を感じてほしいですね。

ご自身にとって日本代表はどんな存在でしたか?

川口:常に自分の中で目標としていた存在でした。小学6年生の文集で日本代表のユニフォームを着た自分の絵を描いたことが、まさか実現するとは思ってもいませんでした。幸運にも、自分は世代別の代表からプレーすることができて、日本代表とともにサッカー選手としてのキャリアを歩んできました。必死で、時にはプレッシャーから逃げ出したくなることもありましたが、選手を引退した今振り返ってみると、本当に夢のような時間だったと思います。

とてつもないプレッシャーの中で、どうやって自分をコントロールしていたのでしょうか?

川口:当時は、自分の発言が載った記事からできるだけ目を遠ざけるようにしていました。ただ、自分としては世論よりも日本代表として戦うことへのプレッシャーの方が大きかったですね。選ばれた当初は代表のユニフォームを着て戦う喜びが強かったですが、それを続ける重圧はものすごいものがありました。今の選手たちはもっと大変だと思います。SNSでどんどん情報が流れて、色々な人の声が活字となり、見たくなくても目に入ってきますよね。

今の選手たちを見ていて、どんなことを感じますか?

川口:サッカーに対する情熱や愛情は、僕らの頃と変わらないですね。ピッチに立てばそれが伝わってきます。ただ、ピッチ外では大きく変わったと思います。自分たちの頃はリラックスルームに集まり、当時流行っていたドラマをみんなで観ていました。今は携帯でドラマや映画を観ることができるので、自分の世界で完結します。そこは違いますね。
スタッフも工夫をして、なるべくみんなで娯楽を共有できる場所、時間を提供しようと試みています。先日の遠征では、キットルームにスタッフが卓球台を作って選手たちが一緒にリラックスできるスペースを作りました。あとは、一人でもリラックスできる時間が増えた分、海外にいる感覚が自分たちの頃よりも薄く、日常生活の延長上で海外遠征を過ごしている印象ですね。実際に海外でプレーする選手が多いのも関係していると思います。

これからの日本代表には、どんなことを期待していますか?

川口:代表の影響力は計り知れません。日本が目指すサッカーを表現するために選手はピッチに立っていると思うので、覚悟を持って戦ってほしいです。ただ、それだけにこだわらず、ピッチ上でサッカーの楽しさを表現してほしいですね。そうやってプレーすることで勝利につながると思いますし、素晴らしい選手たちが素晴らしいプレーをする、それこそが見ている人たちの感動にもつながると思います。

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