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05 日本代表としてプレーする重み

中村 俊輔
SHUNSUKE NAKAMURA

05 日本代表としてプレーする重み 中村 俊輔

サッカー選手にとって、「10番」はいつの時代も特別な番号だ。日本を代表する司令塔・中村俊輔もその10番を背負って日本代表でプレーしてきた。40歳を超えた今も現役でプレーする彼は、誰よりも代表の重みを知っている。多くの経験をしてきた彼にしかわからない、代表への思いを聞いた。

新ユニフォームの印象を聞かせてください。

中村:歴代のものに比べて、ガラッと変わった印象です。良い意味で代表っぽくないというか…。赤い3本ラインも初めてだと思います。よく見ると何か描かれているようなデザインのものは今までにもありましたが、ここまではっきりした柄は斬新ですね。

これまで様々な国でプレーされてきたと思いますが、印象に残っている空はありますか?

中村:グラスゴー(スコットランド)の天気が好きですね。晴れていると眩しいし、意図しないところから不要な情報が入ってきます。なので、少し雨が降っている方がぐっと集中できます。特に夜の試合が好きですね。周りが暗くて、ピッチだけがライトで照らされている状況だとプレーしやすいです。普段の生活でも、明るい環境でテレビを観るより暗い方がぐっと入り込めますよね。人間の心理としても、そういうところはあると思います。

いよいよ来年は東京でスポーツの祭典が行われます。中村選手はシドニー大会に出場されましたが、改めて振り返っていただけますか?

中村:当時はフィリップ・トルシエ監督がA代表と兼任でU-23代表の指揮を執っていました。オーバーエイジも含め、A代表でも出ている選手が多く、この大会はA代表へ入るためのアピールの場になっていましたね。あと、サッカーの代表は選手村に滞在しなかったので、23歳以下のW杯という印象が強かったです。
今だと高校を卒業してすぐに海外クラブへ移籍する選手が増えてきましたが、当時はまだ海外移籍が簡単ではありませんでした。なので、単純に世界基準のサッカーを体感したいという気持ちで大会に臨みました。準々決勝でアメリカにPKで負けましたが、試合内容は日本に分があったし、勘違いというとおかしいかもしれませんが、思ったよりもどこかやれてしまった感じがした大会でした。ただ、その後にA代表の親善試合でフランスに0-5で負けて、そこで世界との差を痛感させられましたね。自分たちはJリーグの硬いグラウンドに慣れているので、サンドニのぬかるんだグラウンドにみんな足を取られ、フィジカル面でもはるかに劣っていました。その時にこのままJリーグにいてはまずいと気づいて海外移籍をしましたが、今思えばタイミングが遅かった。海外の一流選手は、19,20歳ぐらいから厳しい環境で揉まれて一気に伸びます。最近は育成年代の選手に自分の経験を話す機会が増えてきましたが、よくこの話をしています。

長く日本代表でプレーした中で、印象に残っていることを教えてください。

中村:W杯で活躍できなかったこと、それに尽きます。日本代表をもっと強くしないといけないと思いながらやってきたのに本番で何もできず、自分の実力のなさを痛感しました。今でこそ指導者目線で話せますが、久保選手のように小学生から海外を意識していかないとダメだと思います。あとは環境ですね。ドイツW杯前のコンフェデレーションズカップでブラジルと対戦した時は2-2と引き分けましたが、W杯本番ではチームが変わったかのようで、プレーの強度も全然違いました。彼らはサッカーが身体に染み付いていて、メンタル面や仕草一つにしてもそうですが、国民からのプレッシャーや背後にある文化が違います。
そういう意味では、ただ試合に負けただけではなく、W杯を通して日本サッカーについて考えるきっかけになりました。それはW杯に出ないとわからなかったことなので、自分が出た2大会には価値があると思っています。指導者になりたいという思いが芽生えたのも、W杯での経験が大きいですね。成功した経験を話すのは簡単ですが、失敗した人が話す感覚も唯一のものがあります。もちろんW杯に出れなかった人の感覚もありますし、それぞれの経験を活かしていくことが大切だと思います。

代表の10番を背負う誇り

中村選手にとって、日本代表はどのような存在でしたか?

中村:すべてを捧げていた場所です。海外クラブでプレーしていた時も、どんな親善試合でも日本に戻っていました。遠いからという理由で日本へ戻らない選手もいたし、クラブから「行くなよ」と言われることが多い中、それでも行きたいと思い、「次の試合で使わないから」と言われても戻っていました。先輩たちが国を代表してプレーするのを見てきたので、自分自身も日本代表の重みをすごく感じながらプレーしていました。

日本代表で背負った10番には、どんな思いがありますか?

中村:今の時代はあまりないかもしれませんが、僕が若かった頃は10番と言えばピッチ上で一番うまくてゲームを動かせるファンタジスタでした。名波さんのプレーを見てどれだけ10番が誇り高いものかは感じていたし、小学生の頃からずっと好きな番号ですね。
今でも覚えていますが、ジーコ監督の初陣となった2002年のキリンチャレンジカップのジャマイカ戦が、初めて代表で10番をつけた試合です。国立競技場で日本代表の10番を背負って国歌を聴いときは、自分が想像していた以上にアドレナリンが出て、本当に興奮しましたね。昔からサッカーノートに目標として書いていたので、やっと10番を背負うことができ、しびれました。

現在の日本代表について、どんな印象を持っていますか?

中村:戦術や選手のタイプは、時代によって変化します。以前はパサーとスピードがある選手が重宝されていましたが、今はアジリティが優れてドリブルのできる選手が重宝されますよね。ドリブラーを並べて、体格の大きい外国人選手が捕まえづらいように連動してプレーするイメージです。つまり、全員がアタッカーですね。そうすると、自然と背の低い選手が増えてきます。
あとは、レベルが高い海外のチームで普段からプレーしている選手が多いので、外国人選手を相手にすることに慣れていますよね。昔であれば想像もつかないようなことが起きています。僕自身が代表時代に常に口にしていた「キーパー以外はほとんど海外組にならないといけない」ということが現実になってきています。日本の育成が成功しているということだし、同時に何もないところから身を粉にして道を拓いてきた先輩方の偉大さを感じます。そういった積み重ねの結果、現在の状況があると思います。

注目している選手を教えてください。

中村:橋本拳人選手は、海外組が多い中でJリーガーとして最近選ばれていますよね。僕も対戦相手としてプレーしたことがありますが、所属クラブが上位にいる要因は彼の存在が大きいと思います。いろんな面で成長を続けていますが、中でも一番は察知力ですね。目立つプレーではないですが、スペースを埋める速さが素晴らしいです。僕も最近はボランチをやっていますが、すごく疲れる大変なポジションです。人をマークするのは簡単ですが、ボールが動いている中で、次の展開を読みながらゾーンを埋めることができる選手はあまりいません。すごく地味ですが、後ろのDFからするとすごく助かります。そういうプレーができる選手は、今のJリーグにはなかなかいないので、貴重な存在ですね。

2020年にはカタールW杯の予選も開催されます。日本代表にはどんなことを期待しますか?

中村:W杯で何もできなかった人間が言えることは少ないですが、上に行った人にしか見えない景色があると思います。なので、とにかく上まで行ってほしいですね。あと、何でもそうですが準備ですべてが決まります。個人はもちろん、チーム全体で準備を進めていくことが大切です。個人で「こういうプレーをしよう」というイメージを思い描いていても、大舞台ではなかなか通用しません。ただ、監督やコーチなどのスタッフも含め、チームとして同じ方向を向くこと、そういったプレーも実現可能になると思います。

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